三毛猫の性格や特徴まとめ

日本で家猫のイメージとして思い浮かべる人も多く、高い人気を誇るのが三毛猫です。

数で言えばキジトラ柄や茶トラの方が多いので目にする機会は少ないかもしれませんが、三毛猫はその特徴的な三色の色合いが日本人に好まれており、

映像作品などにも多く起用されることからより多くの人になじまれ愛されているのかもしれません。

今回はこの三毛猫とはどの様な特徴を持つ猫なのか、また三毛猫に共通している性格の傾向や三毛猫の歴史、

過去に有名になった三毛猫についてなど、三毛猫に関する主要な情報をご紹介していきます。

三毛猫の身体的特徴は?

三毛猫はその名の通り、被毛の柄が3色で構成されている事が大きな特徴です。

基本的には白地に茶色と黒の模様となっていることが多いですが、

白地に茶色とグレーなど、柄の色が若干違う事もあります。

また三毛猫は日本の家猫にはそれなりの確率で現れる柄ですが、海外ではオスメスに関係なく滅多に生まれない非常に希少な柄であるため、

海外では日本の三毛猫は珍しい毛色の猫として珍重されています。

三毛猫の最大の特徴と言えるのが「三毛猫の殆どは雌しかおらず、オスは非常に稀にしか生まれない」という点でしょう。

これにはオスとメスの染色体の違いが関係しています。

やや複雑な話になるので大まかにまとめると、オスの染色体はXY、メスの染色体はXXとなっています。

そして白色はどちらの染色体でも持っている色ですが、黒や茶色はX染色体が1つに付き1種類持てる色なのです。

そのためXY染色体のオスはX染色体が一つだけなので黒か茶色のどちらかの色しか持てず、

XX染色体のメスはX染色体が2つなので黒と茶色両方を持つことができ、

基本的に備えている白色と合せて三色の毛並みとなる三毛猫となるのです。

このように基本的にオスは三毛猫になりようがないのですが、極稀に染色体異常が起こることでオスでも3つの色を持つことがあり、

その割合はおよそ3万匹に1匹程度と言われています。

しかし染色体異常のオスの三毛猫は体が弱い事が多く、飼育は通常の猫よりもデリケートに扱う必要があり、

こまめな動物病院での診察も必要になるため、手間やコスト面でやや注意が必要です。

三毛猫の性格は?

三毛猫には利口な子が多く、しつけの際も比較的すぐに適応してくれることが多いとされています。

しかし反面この賢さから巧妙なイタズラをすることもあり、

可愛いながらも頭を悩ませてしまう飼い主さんが少なくないようです。

またプライドが高い側面を持っており、飼い主からダメだと言われたことであろうとも、

一旦興味を持ったことは決して諦めない性格をしているため、何かを見たがったり興味を示した時は、一度見せたり触れさせたりすることである程度好奇心を解消させてあげることも大切です。

三毛猫にはマイペースな性格を持つ傾向も見られます。

周囲が多少騒がしくなったりしても我関せずとのんびりお昼寝を続ける子もいるため、ある意味で手間が掛からず頼りがいの有る性格と言えるでしょう。

ここまでだと一見非常に自立した性格に思えるかもしれませんが、甘えん坊になる時間もあるため、

構って欲しいときと一人で行動したい時のオンオフがはっきりしている性格と言えます。

また三毛猫はその殆どがメスである性質上、母性の強い子が多い特徴があります。

子犬や子猫、時には人の子供などのお世話をしてくれることもあり、ただの愛玩動物の枠に収まらない、頼りになる家族の一員になってくれるかもしれません。

三毛猫の歴史

三毛猫を含む家猫のルーツは、中東に生息しているリビアヤマネコだとする説があります。

リビアヤマネコはいわゆるキジトラ柄をした猫で、茶色をベースに黒色の縞模様が入っており、喉元など一部に白色もある猫です。

そのリビアヤマネコ系の猫が日本で家畜化していく過程で突然変異を経て、様々な柄が現れるようになったと言われています。

つまり日本の家猫の最古の記録はそのまま三毛猫の最古の記録と考えることもできるのです。

これをもとに考えると三毛猫の最古の歴史は弥生時代のカラカミ遺跡から出土した猫の遺骨になるため、

紀元前前から人ともに歩んできた可能性があると考えられます。

明確に三毛猫の柄が確認出来るのは江戸時代辺りからで、河鍋暁斎が描いたネズミを捕まえている猫の絵は、

柄が三毛猫となっているため、少なくともこの時代には確実に認知されていると考えるべきでしょう。

また本来はリビアヤマネコの持つ白・茶色・黒の3色だった三毛猫ですが、

第二次世界大戦の後ほどから外国人の手による外来種の猫が入ってきたことにより混血が進み、

今までになかったグレーを含む三毛や、淡い色合いのパステル三毛なども誕生しています。

有名な三毛猫は?

実は日本のみならず、インターネットを介して海外においても有名になった日本の三毛猫がいます。

和歌山県貴志駅の売店で飼われていた三毛猫の「たま」がそれで、後に本駅の駅長に就任したことで世にも珍しい「猫の駅長」として大きく話題になりました。

もともとはたまの親であるミーコという茶トラの猫が駅舎南側にあった倉庫内で作業員たちに可愛がられており、

そのミーコが産んだ3匹の中の1匹でした。

倉庫と売店の間に作られた猫小屋で過ごしていたたま達ですが、次第に昼間は売店の前で過ごすようになり、

駅利用者や近所の人に愛されるアイドルとして定着、貴志駅にとっては顔となる存在となっていました。

しかし後に貴志川線の運営が他社へ移ることとなり、倉庫と猫小屋のあった場所は駐輪場や公道へと整備され、猫たちの行き場がなくなってしまいます。

そこでたまたちの飼い主が駅を経営するグループ代表に「猫たちを駅の中に住まわせて欲しい」と相談した所、グループの社長が快諾し受け入れてもらえることになります。

そしてその社長の発案により、以前よりアイドルとして親しまれていたたまを駅の招き猫として駅長に就任させ、「猫の駅長」が生まれました。

猫の駅長はたちまちテレビニュースや新聞にも取り上げられ、インターネットで海外にも拡散されるや大人気となりました。

この猫の駅長による集客によって、貴志駅の乗降客数が伸び、観光客の増加などによる経済波及効果は11億円に達するともいわれています。

一つの駅を救った、世界で最も有名な三毛猫となった「猫の駅長」たまは、2015519日に惜しくも亡くなってしまい、

そのことを世界中のメディアが報じることにもなりました。

現在ではたまが入院の際に駅長代行を務めていた、元保護猫であるキジトラの三毛猫である「ニタマ」が、たま2世駅長として駅長の座を引き継いで活躍しているようです。

三毛猫は日本を代表する特徴的で愛嬌たっぷりの猫

三毛猫は海外でも全く見られないわけではありませんが、突然変異に近い確率でしかなく滅多に見られない毛柄です。

しかし日本においては突然変異でなくとも見られると言う特徴があり、日本の家猫を象徴するような猫と言えます。

また通常生まれないはずのオスの三毛猫は虚弱体質になりやすいものの、貴重な存在として珍重されてきました。

近年では猫の駅長として世界でも有名になり活躍した「たま」の存在なども有り、今まで以上に三毛猫の人気は高まっているようです。